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夏場に比べると 夕方から宵までがあっと言う間で、
気がつけば結構な暗さになっているのへ
びっくりするのは現代人の感覚。
電灯が当たり前なものとして普及するまでは、
暗くなったらそのまま、手元暗がりな不便が押し寄せたのであり。
よって、秋の訪のいとした時期が、
え? まだこんなに汗をかくのに?という頃からでも
特に不思議じゃあなかったのだろう。
それを仄めかすように、
夏場ならまだまだ日照りも絶好調だった刻限だというに、
もう陽射しは夕映えを匂わせるような、
金色を帯びて来たなぁという空気を感じつつ。
ずんと小さくなった主と、
彼を片肩車した背高ノッポの侍従が屋敷へ戻れば。
「お師匠様っ。」
先に戻っていた瀬那が、
首を伸ばすようにしてこちらを見やると、
そのまま広間の方から立って来かかる。
蛭魔と葉柱が哨戒していた辺りからは離れて、
別な区域を 進と共に攻略していた彼らであり、
「おお。そっちでも幾つか封じたらしいの。」
同じ標的へという探査が重複せぬように、
瀬那が封印出来れば、蛭魔の手持ちの控えまでその成果が届くよう、
伝播の念咒を施した弊を渡してあったので。
彼の側の成果は既に承知の蛭魔であり、
「はい、この二枚です。」
これと判っている相手へ目がけてという格好じゃあない、
綿密な探索もしつつの封印作業となったがため。
だったら僕も得意ですしと、
屋敷での待機じゃあなく、あちこちの木立や草むら目指し、
頑張って参加している瀬那くんで。
随分と小さいのを、だからこそなかなか拾い上げにくかっただろうに、
ずんと上手に咒弊へと封印しており。
「よくやったの、上出来だ。」
ちょこんと正座している書生の少年へ、
こちらも座ってしまうと微妙に手が届かなくなるので立ったまま。
いい子いい子と まとまりの悪い髪を撫でてやる、
その手もずんと幼い、小さなお師匠様であり。
そのまま向き合う位置へと座を占めれば、
用意していた木彫りの杯へ、
湯冷ましをそそいで“どうぞ”と差し出すところが、
お弟子さんならではな 気の利きよう。
うむと素直に受け取りつつ、
「こっちでもさっき仕留めた奴があったから、
小者は全部拾えたことになる。」
自分の側の成果も告げてやれば、
「じゃあ散らばったのは全部拾えたと?」
やあ良かった、最終日までに間に合いましたねと、
殊更に嬉しそうなお声となったセナだったが。
「いや、ここの部分に当たるのが残ってやがる。」
合算を示す弊の真ん中辺り、
日ごろ使いの弊の大きさで言って四分の一ほどが、
まだ埋まってはおらず。
問題の現場には半分という大きさのが居残っていたので、
最後の残りはそれだけということとなるのだが。
「では、まだ半分は残ってるってことですか?」
もう日数もないというに 何てことかと、
たちまち驚くセナだったのも無理はないし、
そんな彼へと、葉柱もやや萎えたような苦笑を覗かせたが。
いやいやいやと蛭魔が すぐさまかぶりを振って見せ、
「こいつはこれで一塊、一匹だな。」
相手が四散した瞬間、
彼自身も封咒を唱えていた最中であったため、
全部の捕捉は到底間に合わなくて。
そんな見越しへ舌打ちしつつ、
それでも抜かりなく、何体かだけはちゃんと数えていたようで。
「じゃあ、一番大きいのが残ってると?」
「大きいと言っても本体の四分の一だ。」
加減のいい白湯をぐぐいと飲み干し、
子供には不似合いなほどの大威張り、呵々と笑った蛭魔だったけれど。
だからといって、舐めてかかっちゃあいないのが、
やはり中身は周到な術師殿のまんまというところか。
大きいにもかかわらず、
一番最後まで気配を見事に隠し切ってただけの存在。
追っ手への注意が行き届いていて、
尚且つ、身を隠すのが巧みだということだし。
実を言えば、この二日の探索中、
何度かそれらしい気配を察して封咒を放ったものの、
それらを巧みに掻いくぐっている“くせもの”なようで。
「こいつには弊だけじゃあ おっつかんだろうからの。」
やや忌々しげに言いつつ、
鹿の革でこさえた帯のような道具入れを開く蛭魔だ。
本来は仏師や指物師などが大小のノミなぞ収めて持ち運ぶ袋であり。
下側の縁を折り返し、細かく仕切るように縫ってあって、
その一つ一つへ棒状のものを幾つも収め、
そのまま筒状にくるくるっと丸めて携帯するようになっている。
蛭魔が広げたそれには、
神祗官という役職に関わる彼には微妙に畑違いな、
仏門の方での武具である“独鈷(とっこ)”が収められてあり。
左右の両端が刃先となった中持ちの武具で、
本来は煩悩を払う修練へ用いるものなのだが、
体内のちゃくらで練った念を込めやすく、
小柄(こづか)のように投げるにも至便。
ものによっては縦に薄く割れる仕掛けにしておいて、
直角にずらして十字にしてから投げれば、
その軌道を自在に曲げることも出来るとあって。
“……それって。”
時に手ごわい敵を対峙する折にだけ、
手配して取り寄せているお師匠様だということ、
重々知っているセナとしては。
「やっぱり手ごわいんじゃないですか?」
蛭魔は、日頃の高飛車な言動から、
大胆で無茶ばかりしている唐紙破りと思われがちだが、
決して破天荒な無謀まではしでかさない。
実際は周到で用心深いし、
無鉄砲をしちゃあ家人らへ心配をさせるけれど、
決して悲しませたりはしないと心掛けている…と思う。
なので
こうまで厳重な支度を揃えているからには、
彼ほどの術者でも随分と警戒しているのだと、
そこは自然な解釈で拾えてしまったセナくんの案じ顔へ、
「あのなー。」
伏し目がちになってのおいおいと、
一丁前の呆れ顔となって、
細っこい胸元に薄い肩のままながら、
寸の詰まった腕をその懐ろへと胸高に組んでの、
いかにも大人の所作態度をとって見せる蛭魔であり。
「今の俺は背丈のでっかい身ではなし、
腕の尋やら、投擲力やら断然足らぬのは事実だ。だよな?」
かつては切れ長で鋭かった目元も、
今はセナと変わりないほどの くりんとつぶらなそれであり。
それを敢えて力ませての含みある物言いをしている様は、
中身の過激さをちゃんと判っていながらも、
ああ可愛いなぁとつい思えてしまう幼さであり。
なので、そんな彼の言いようには一も二もなく頷いたセナだったのへ、
「そこを補填する必要があるからって武装なだけだ。」
お前が薄々見抜いているように、俺は周到な性分だからな、
気を揉むこたあねぇぞと、にぱーっと笑ったそのお顔がまた、
いかにも屈託のない、
せいぜい“悪戯しに行くんだ、良いだろう♪”と
言わんばかりの溌剌さだったので、
「………そうですよね。」
笑顔の額面どおり、他愛ないことをしに行く訳ではなかろうが、
中身の強かさを覚えているなら案ずるに足らず、と、
あらためて思い起こしたセナだったようである。
濡れ縁の向こうでは、
気の早いコオロギだろうか、
涼しげな声でこそりと鳴き始めていた
夕暮れ前のひとこまであった。
◇◇◇
陽が落ち切ってしまう前に、
例の妖異を封印した地点へ向かっておこうと、
屋敷を後にした蛭魔と葉柱で。
礎部分を封じた咒の期限は3日と言ったものの、
誤差なくのきっちりと…とはいかない 水ものな代物。
何かの拍子、
もしやして この晩にも解けてしまうやも知れぬ。
夜陰に紛れて
四散したお仲間がこっそり集まれば、
その影響だって働くかも。
「ま、この俺の仕立てた封印咒だ。
そうそう簡単には破られまいが。」
えっへんと鼻高々になる小さな術師殿…だったが、
半分しか効かなかっただろうがというツッコミが返って来ない。
“……?”
下手な揚げ足取りは却ってこの自分を怒らせ、
その結果として蹴飛ばされるという流れ、
今更恐れる葉柱でもなかろうし。
場合が場合だからと
そういった差し出口を控えるような方向では
気が回るとも思えぬ にぶちん…もとえ、
不器用者であるはずなのになと。
歩みを止めて様子のおかしい連れを見上げれば、
「………。」
「何だよ。
まさかまた、
昔の俺を思い出してんじゃなかろうな、この非常時に。」
皆があたふたしているほどには焦ってもなかったくせに、
非常時にってのをお前が言うのは順番がおかしくないか?と、
そんな反駁が 今度こそ返るかと思ったが、
「悪いかよ。」
総帥殿の口をついて出たのはそんな一言で。
妖異である自分と違い、あっと言う間に年を取る人の和子。
数十年前に既に出逢っていたのだと、判ったのは最近で。
桜の樹の根方に座り込み、
今にもその命の灯火が消えんとしていた、
それは幼くて、それは素直で、
教えること、何でもどんどんと吸収してしまった賢い子供。
そのまま死ぬかも知れぬという窮地にあって、
誰にも見取られぬことを怖いとか寂しいと感じるよりも、
口惜しいという慚愧の方が先に出たほどに。
もっともっと生きて、いろんなことを知りたいのにと、
とことん前向きだった強い子で。
得体の知れない、もしかして人でもない葉柱に懐き、
人として生きたくばそうしなくちゃいけないと判っていながら、
それでも別れは寂しいと、涙してくれたいい子だったから。
ずっとずっと心に留め置いていたのは彼だとて同じ。
春になれば、桜を見れば、
あれからどうなったんだろかと、
折にふれ、思い出さずにはおれなんだのだ。
「…もっとガリガリで、もっとずっと汚れてたのにな。」
「だな。」
こんな形であれ、
もう一度 あの時のこの子に逢えようとは。
ああ、こんな綺麗な子だったんだな。
こんなに覇気あふれて勇ましい、
怖いもの知らずで元気な子だったんだなと。
ついつい思い出してしまうらしく、
「〜〜〜〜〜〜。」
「だ〜か〜ら〜っ 」
ずんと小さくなったこっちを見下ろしちゃあ、目元を潤ませ。
髪に小枝が、口元にご飯粒がと払う手が触れちゃあ、
輝く金の髪や瑞々しくもふんわりした頬へ、
口元がじわじわとたわんで、
湿っぽくなってしまう葉柱であり。
“そんなになろうと思ったから。”
小さな蛭魔が、はぁあと肩をすくめる。
ホントだったら、
セナが言ってたように、
あの封石の傍らで三日目を待っておればよかったのだ。
集合体のままでは手古摺らされもしたその上、
呪詞反転なんてな詰まらぬ仕打ちも受けたものの。
そんな隠し球的な反撃を繰り出せた展開自体、
奴らの側で判っていたのかどうかも怪しい。
そのくらい必死になって取った手段で
散り散りになった分離部分は、
戻って来なけりゃ永らえられないのだから、
きっと必ず集まって来るのだし。
あそこへ辛うじて封じた“礎”部分への咒が解けるまでは
向こうも手は打てぬその上、
セナが偶然からそのうちの一体を封じているので、
既にパーツ、もとえ部品が足りない訳で。
つまりは、どうあがいても元通りには戻れやしないため、
相手の手のうちもすべて承知の蛭魔にすれば、
再戦となる対峙に際し、
どう転んでも負ける気はしないぜ…という
余裕の構えでいられたのだが。
“三日もの間
こいつの思い出しに付き合っちゃあいられねぇって。”
他人のことは言えぬ、自分だって春先には何となく、
幼いころの切ない回顧が込み上げて、
物思いを余儀なくされたように。
言い方は妙だが、
妖異のくせして 人一倍 人の良い葉柱のことだから、
当時のまんまという風貌になった自分を見れば、
あの時の切なさとか歯痒さとか、思い出すに決まっていると、
薄々判っていたし恐れてもいた蛭魔であり。
「あんな頃のことなんざ、もう忘れろ、すぐ忘れろ。」
「無茶を言うな。」
今年最後のヒグラシか、
かなかなかな…と遠くで侘しく鳴いていて。
その声が秋の寂寥を感じさせるから不思議。
“…ったく、どいつもこいつも。”
セナが小さいころに養子に出された折の礼服を、
あんまり曰くはない、
むしろ、詰まらぬ思い出の始まりでしかないのに、
それでも何となく遺しておいてたように。
「〜〜〜〜。」
「…っ だーっ、もうっ!」
大の男がうじうじととか、
これから正念場だってのにしゃんとせんかだとか、
そういった叱咤激励が、
もちっと辛辣過激な口調で飛び出すかと思いきや。
「…っ、もう思い出さなくていい身になったから。
泣いてる場合じゃねえって余裕なくいた頃とは違うからこそ。
だからっ、思い出したら最後、
歯止め、利かなくなるじゃんかよっ!」
「あ………。」
夕日のせいじゃなかろう、お顔を真っ赤にし、
やけくそのように怒鳴った蛭魔だったのへ。
葉柱が不意を突かれて表情を固まらせてしまったものの
そんな間合いへ、
―― きしゅあ、しゅしゅっ、ぐぁああっ、と
耳障りな奇声と共に、
微妙な気配が堂々と割り込んで来たものだから、
「………よくもこういう間合いに現れたな、貴様。」
その場の空気がピキリと凍ったのは。
秋の夕暮れを前に、
一気に気温が下がりつつあったからでもなけりゃあ。
怪しの存在の出現へ、
居合わせた彼らの肝が冷えたからでも全然なくって。
「俺りゃあ仏門に縁はないが、
地獄への門を手づから開けてやろうじゃねぇか。」
可憐な姿の和子が、
だってのに その手指を奇妙な形にへし曲げて、
何にか呪いでもかけたいような形相になっておいでだし。
その傍らに、彼の身を護らんと寄り添っていた
屈強精悍なお供の偉丈夫は偉丈夫で、
「覚悟は良いな。」
陰に沈んだ目元がギランとばかり、
殺気という名の眼光鋭く、爛々とたぎっていたりして。
無粋な割り込み、怪我のもと……
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*ちょこっと間が空いてしまってすいません。
どかばきシーンは結構たかたか捌けたのですが、
情緒のシーンは なかなか……。
そういう人性なんだと再確認の巻でしょうか。(おいおい)

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